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源義経黄金伝説■第54回

源義経黄金伝説■第54回

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■文治五年(1189)鎌倉

文治五年(一一八九)六月一三日。
「九郎義経殿の首、届きましてございます」大江広元が、源頼朝に告げていた。
「何、義経の…」
「いかがいたしましょう。御館様直々に」

「いや、止めておこう。顔を見知りおく軍監、梶原景時と、和田義盛に行かせるのだ」

これが義経が首か。
塩漬けにされた首が、漆箱から出された。梶原景時は思った。
何とこやつは不思議な奴よ。数々の新しい戦い方を考えつきながら、言う
こと、話すこと、考えることは、まるで童子のような奴であった。

義経の首は、塩漬けにされていた。
奇麗に彫金された漆の箱から取り出される。

されど、泰衡も可哀想な奴よ。自らの首を絞めよったわ。頼朝様が自分の
弟をこのような目に合わした奥州藤原氏を許す訳がない。なんと政治的見解のない男よのう。所詮は奥州の田舎者。祖父、父よりはずーっと人間が下がりおる。梶原は思った。

頼朝様の怖さを知らぬ。あの方は自分の思いどおりに動かぬ者、あるいは頼
朝様の思いを読み取れぬ者を非常に嫌われるのだ。が、それに義経に対する兄弟愛を泰衡は気づかなんだか。
義経を捕縛して、頼朝殿に差し出せば何とかなったかもしれんな。いや
、まてよ、やはりだめか。

頼朝様が欲しいのは、奥州は金の打出の小槌よ。頼朝様が言えば言うだ
けの金が送り込まれて来るわ。
これからの戦略を梶原は思った。

源頼朝は忙しげにあちこち歩き回っていた。
頼朝は自分で命令しておきながら、義経の首は見たくなかった。

「どうであった」
不安げに頼朝は、大江広元に尋ねた。
「梶原曰く、確かに義経様の首であったということです」
「むう、泰衡め。我が弟を殺しおったか。早速、奥州を打つ。我が弟が敵だゃ」
 頼朝は、急に怒り出した。

その怒りの激しさに、広元は驚いている。
なぜだ。ご自分が命令なさったくせに。この殿は、京の女子のようなところ
があるな。 

院宣はいかがいたします」
「そのようなもの、必要あるまい。この頼朝の弟を殺したは許しがたい。奥州藤原 氏め、余が総指揮をとって攻め滅ぼそうぞ」
 頼朝は甲高い声で、上ずって、まるで常軌を逸してに命令してい た。
「御意。いよいよ日本は、頼朝様のもとに」

大江広元よ。日本よりも、俺は義経を殺した藤原泰衡めが憎いのじゃ。父、藤原秀衡があれほどかわいがっておった義経を、自分が王国支配したいがゆえに、 殺してしまいおった藤原泰衡めがのう」

「はあ…」
広元は急に気が抜ける気がする。
一体、何を考えておられるのじゃ。が、まあよい。今は奥州藤原氏を滅ぼせ
ばよいのだ。

大江広元と、源頼朝は、しばし無言でみつめあう。

頼朝は、急に昔にした義経との会話を思い起こした。
「兄上、父上は兄上に似ておられますか」
 頼朝は、急に義経にこう聞かれたのだ。

「なんだ、こいつは…」
 義経は真剣な眼差しで頼朝をじっと見つめている。
「こやつは子供か」
と頼朝は思った。

義経は、父のことを覚えていないのだ。
一二歳の時まで父親と一緒に戦い、無念にも負けた頼朝とは違う。

父親の愛情を受けたこともなく、父の記憶もまったくないのだろう。義経の心のどこかに、父を思う気持ちが常にあるのだ。
と、人間観察にかけては優れている頼朝は思った。

このような純粋な心を持っている奴は、かえって危ない。思い込んだらそ
れこそ命懸けだと、頼朝は義経の心の純粋さを羨み、そして義経を憎んだ。

一方、大江広元は、鎌倉へ来られよという書状を受け取った日のことを思い起こしていた。

貧乏貴族である大江広元は、昇殿を許されていない。つまり、帝にお会いすることなど、かなわぬのだ。
しかしながら、幼少のころから蓄積された学問が、広元の自意識を肥大させ
ていた。
私は大江の家のものだ。自分ほどの者が、なぜ重用されぬのか。藤原の阿呆
どもが、どんどん出世し、なぜこの俺が、このような貧乏ぐらしをしなければならぬのか。

鬱屈した意識が、一層勉学に打ち込ませていた。
そんなある日、源頼朝の元にいる知人から、ぜひとも鎌倉へという手紙を受
け取のだ。

新たな天地、
板東の鎌倉!。
新世界。

広元は迷った。
鎌倉などは町ではない。

この当時、日本で都市といえたのは京都、そしてかろうじて南都奈良。そして奥州藤原の平泉。それ以外は泥臭い田舎である。教養人など、一人もいないのだ。  広元は文化の香りが好きだった。知的な会話を欲していたのだ。その知識人のいない鎌倉へなど。

しかし、源義経の存在が、広元の意を決しさせた。

それは暑い日だった。
その日、木曽将軍を滅ぼした義経の軍勢は、都大路を行軍していた。

京の民は、「ほう、あれが義経か」と物見高く、都大路に並び、一目有名な義経を見ようとざわめいていた。義経は武巧一の武者であり、そしていわばアイドル スターだったのだ。

大江広元は興味にかられ、庶民の間に入って、義経の軍勢を眺めていた。
「うっつ」
広元は、衝撃を受け、急に道ばたに倒れていた。
何かが広元の額に当たり、一瞬気を失い、倒れたのだ。

やがて、気がつくと、額が割れじっとりと血がにじんでいる。
「くそっ、一体」
「だいじょうぶかい、お公家さま」
見知らぬ庶民が、不安げに広元に声をかけている。
「一体、私はどうしたのだ」 思わず、ひとりごちていた。
「お前さん、気付かなかったのかい。義経さまの馬が撥ねた石が、お前さ
んの頭に当たったのさ」

額に手をあてる、じっとりと血がにじんでいる。
「何…、今、源義経殿は…」
怒りの勢いに、その庶民の男はのけぞり指さす。
「ほら、あそこさ」
大江広元は勢いこんで人込みをかき分け、源義経の顔を覚えておこうとした。
「おのれ、源義経、覚えておけ」

相手は凱旋将軍。何も覚えてはいまい。俺は単なる路傍の石。が、今に見て
おれ。

何かが広元の中ではじけていた。
俺は、俺の知識で新しい国の形を作ってやる。源家が武威で国を治めるならば、わが家、大江の家は知識で新しい政治の形を。

急にそんな思いが、広元の心を一杯にした。思いもかけぬ考えだった。そんな
ことを、今の今まで考えてもみなかった。

この日、しかし、民衆の羨望の目を浴びながら、にこやかに、すこやかに、
何の苦労も知らぬげに、都大路をゆったりと後白河法皇の元へ向かう源義経に、
大江広元は、どす黒い怒りを覚えた。

続く)●山田企画事務所
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