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山田企画事務所のペンネーム飛鳥京香の小説ブログです。

源義経黄金伝説■第61回★建久三年(1192)3月13日、後白河法皇、66歳で崩御。「わが王朝と貴族の連枝を守るのだ。藤原の兼実殿のお役目ぞ」と遺言する。

 
YG源義経黄金伝説■一二世紀日本の三都市(京都、鎌倉、平泉)の物語。平家が滅亡し鎌倉幕府成立、奈良東大寺大仏再建の黄金を求め西行が東北平泉へ。源義経は平泉にて鎌倉を攻めようと
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源義経黄金伝説■第61回★建久三年(1192)3月13日、後白河法皇、66歳で崩御。「わが王朝と貴族の連枝を守るのだ。藤原の兼実殿のお役目ぞ」と遺言する。
 

後白河法皇の最愛の人、丹後局たんごのつぼね高階栄子が、藤原(九条)兼実をせかす。

「それそれ、兼実殿、よいか、よーくおおききいれくだされや。猊下のお言葉です」。

「よいか、兼実殿。京都に残るすべての貴族方々に告げられよ。皆々、その連枝を以て、家伝とされ、それを子孫についでゆかれよ。またそれを以て、朕が、皇家を護るらしめよ。その連枝れんしをもって我が王朝を助けよ。まもれよ」

「坂東の族どもには、それしかないとおっしゃりますか」

「幸い、西行がはり巡ぐらせし「しきしま道」は、朕らが皇家の護りとなろうぞ。「しきしま道」和歌により、、言葉にて、我国土は護られようぞ。言葉の守りぞ。外つ国には、 断じて我が領土は、ふめぬ、、わ」

言葉による防衛網が、張られていると、後白河法皇はいうのだ。

本文編集

源義経黄金伝説■第61回★

作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所

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■ 建久三年(1192)3月13日京都

後白河法皇の御殿に藤原(九条)兼実が現れる。

後白河法皇の最愛の人、高階栄子からの至急の呼び出しがあったのだ。

彼女が丹後局たんごのつぼねである。

法皇の部屋には、病人独特のにおいが立ちこめ、香りがたかれていて、九条兼実は、むせかえりそうになった。

兼実は、すでに死のにおいをかいでいる。

病床にある後白河法皇は、力なくやっと左手をあげ、「兼実、ちこうまいれ」と

弱々しげに言った。

「ははつ、後白河法皇様。何かおっしゃりたきことがござりますやら」

「そばに行かれよ」

後宮の女帝、高階栄子が、兼実をせかす。

「朕の遺言じゃ聞いてくだされ」

「、、、、」

「よいか、それぞれの貴族の家は、古式ののっとり、各家々の特異技を家伝とされよ」

「それが、板東の奴輩に対抗する手でござますか」

藤原兼実も、すでに藤原氏の氏の長者うじのちょうじゃになっているのだ。

「朕が遺言、よくよく聞いてくださるか。兼実殿」

後白河法皇が、言った。

高階栄子が、兼平をせかす。

「それそれ、兼実殿、よいか、よーくおおききいれくだされや。猊下のお言葉です」。

「よいか、兼実殿。京都に残るすべての貴族方々に告げられよ。皆々、その連枝を以て、家伝とされ、それを子孫についでゆかれよ。またそれを以て、朕が、皇家を護るらしめよ。その連枝れんしをもって我が王朝を助けよ。まもれよ」

「坂東の族どもには、それしかないとおっしゃりますか」

「幸い、西行がはり巡ぐらせし「しきしま道」は、朕らが皇家の護りとなろうぞ。「しきしま道」和歌により、、言葉にて、我国土は護られようぞ。言葉の守りぞ。外つ国には、 断じて我が領土は、ふめぬ、、わ」

西行法師を始め和歌によって、言葉による国家の霊的防衛網が、張られていると、後白河法皇はいうのだ。

「これによりわが国は神と仏による鎮御国家となった」

「まずは藤原定家が先陣かと考えます」

法皇は、急に目をつぶり、静かになる、

「母君、兄君。いまおそばにまいらせましょう。目宮めのみや君、萎宮なおのみや君もな」

法皇は、4人目の宮、4つの宮であり、自分の兄弟の名前を呼んだ。

目宮は眼が見えず。萎宮は体が動かなかったのだ。

「御家を、それぞれの家を、古式由来の技で守ってくだされや。いにしえよりの我々貴族のわざこそ我ら貴族を守る。朕の遺言ぞ、、」

「兼実殿、、、」

「はっつ」

「お、お主とは、、最後まで、、分かり合える事は、、なかった、、な」

「、、」

「が、頼んだぞ。わが王朝と貴族の連枝を守るのじゃ。、、それが藤原の、、」

「よいか、藤原の兼実殿のお役目ぞ」

丹後局である高階栄子が、かたわらで繰り返す。

法皇の様態が変化した。

「弁慶に謝ってほしい。お、お前から伝えてくれぬか、、」

「弁慶どの、、ですか、、」

兼実は言いよどむ。熱病にとらわれているのか、法皇は、すでに弁慶がこの世

の人ではないことを忘れている。

4年前1189年文治5年4月30日に衣川でなくなっている。

「兼実殿、猊下のお言葉にあわせられよ」高階栄子が、叱咤する。

「朕は、この父は、悪人であった。弁慶お前を我が王朝の闇法師として使ってのう、許してくれ。お前の一生を犠牲にしてしまっての」

法皇は、弁慶が目の前にいるようにしゃべっているのである。

兼実が弁慶に見えるようだ。兼実は、法王のいいがままにしている。

弁慶は法皇の子供だった。

「朕はな、この京都を守りたかった。あの鎌倉が武者どもに、板東の蛮人

どもに政権は渡せぬぞ。

血なまぐさき奴輩。京都を源頼朝藤原秀衡に渡してなるものか」

しばらくは沈黙が続く。

「そうじゃ、西行は、西行はどこだ。崇徳上皇の霊が俺を呼んでおる。

早く、早く、崇徳の霊を追い払ってくれ。のう、西行。そうだ、平泉にの霊

御殿をつくる話は、、いかがすすんでおる。藤原秀衡は喜んでおるか…」

兼実は、西行になったつもりで、告げた。

西行はここにおわしますぞ。どうぞ、法皇様。経文を、経文をお唱えくだされませ」

「何、経文をか。よしわかったぞ。それに西行、もし朕が亡くなれば、よい

か。あの法勝寺殿の跡に葬ってくれ。くそっ、木曾義仲め」

法勝寺殿は、現在の三十三間堂あたりにあった法皇の御殿であり、義仲の襲

撃によって焼き払われていた。

八角九重の塔は、八十二mの高さを誇り遠くから望見できた院政と京との象徴であったが、今はそれもない。

法皇、安んじなされませ。やや、経文をお読みくだされ…」

「おお、そうだ。そうだ」

後白河は、経文を六度唱えた、そして静かに。院政最期の巨人は崩御された。

猊下…」

丹後局以下侍女たちが嘆き悲しむ。

しかし、藤原(九条)兼実は、法皇の亡きがらを前に、考える。

これで、、頼朝殿に征夷大将軍の位を与えることができる。

藤原(九条)兼実は鎌倉殿、頼朝びいきの男であった。

建久三年(1192)3月13日、後白河法皇崩御。66歳であった。

その昔、西行崇徳上皇の霊をしずめることで、後白河法皇の信任を得ていた。

西行は、平泉に第二の御所をつくることと引き換えに、崇徳上皇白峰神宮をつくることを約束していたのである。

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源義経黄金伝説■第60回 建久元年(一一九〇)三月 京都 落ち込んでいる、師匠の文覚を明恵(みょうえ)と戒名した夢見がたづねる。 「この手で 西行をあやめたのだ。頭にこびりつく。」

YG源義経黄金伝説■一二世紀日本の三都市(京都、鎌倉、平泉)の物語。平家が滅亡し鎌倉幕府成立、奈良東大寺大仏再建の黄金を求め西行が東北平泉へ。源義経は平泉にて鎌倉を攻めようと
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源義経黄金伝説■第60回 建久元年(一一九〇)三月 京都 落ち込んでいる、師匠の文覚を明恵(みょうえ)と戒名した夢見がたづねる。 「この手で 西行をあやめたのだ。頭にこびりつく。」
 
●前書き●

後白河法皇の前に、歌の名人、藤原定家ふじわらていかが呼ばれている。

西行の名前を残して起きたいのだ」

西行様の歌を後世に残す、麻呂も賛成でございます、で、いかかななりあいといたしましょう

や」

「よいか、お主が編纂をしておる歌集に、西行の歌を数多く入れるのだ。 西行法師を歌

聖人としたい。それが、西行に対する朕のせめての償いないとなろう。 わが国

の「しきしま道」の戦士としての。西行の名を高めよな」

後白河法皇の頭の中には、色々な今までの西行に対する命令がうづまいていた。

「まあ、よい、奥州藤原に対する絆の一つが消えたが、すでに平泉が 源頼朝

ものとなっては、、後は、頼朝にたいする、いや、板東に武家のたいするわが王家の 仕組

みをどうすすか」

西行をうしなった後を、誰でうめようか。と後白河法皇は考えているのだ。

が、後白河法皇は、弟、崇徳上皇の霊にも対応をせねばならなかった。

 

源義経黄金伝説■第60回

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■ 建久元年(一一九〇)三月 京都

後白河法皇の前に、歌の名人、藤原定家ふじわらていかが呼ばれている。

西行の名前を残して起きたいのだ」

西行様のおお名前を、麻呂も賛成でございます、で、いかかな手立てを施しましょうや」、

「よいか、お主が編纂をしておる歌集に、西行の歌を数多く入れるのだ。 歌

聖人としたい。それが、西行に対する朕のせめての償いとなろう。 わが国

の「しきしま道」の戦士としての。西行の名を高めよな」

法皇の頭の中には、色々な今までの西行に対する指令がうづまいていた。

「まあ、よい、奥州藤原に対する絆の一つが消えたが、すでに平泉が 源頼朝

ものとなっては、、後は、頼朝にたいする、いや、板東に武家にたいする 仕組

みをどうするか」

西行をうしなった後を、誰でうめようか。と後白河は考えている。

が、後白河法皇は、弟、崇徳上皇の霊にも対応をせねばならなかった。

西行が企み、それは、平泉を陰都として、崇徳上皇を祭り、北の都の祭りとし、頼

朝に対応される事であったが、頼朝が、西行と法王の企みすべてを打ち砕いて

いた。奥州平泉は先年(1189年)文治5年に頼朝の手におちている。

おう、身震いがした、

崇徳上皇が悪霊か、、 後白河法皇は遠く讃岐の方を見た。

後白河と崇徳とは、兄弟と記録されているが、崇徳は本来の兄ではない、、

それが憎しみを深めた。そのあたりの事情は西行法師がよく理解していた。

■2 建久元年(一一九〇)三月 京都

文覚が、自分が勧進を行った京都神護寺じんごじにて打ち沈んでいる。

お師匠様、いかがなされました」

夢身、今は明恵みょうえと名前を改めている。

「おう夢見か、ワシはな。この手で

西行をあやめたのだ。それがのう、頭にこびりつく。また。

ワシに、あやつは、大きな仕掛けを残していくよったのだ。

いわば、ワシをあやつらの仲間に抱きいれるような、、」

「師匠様が、西行様のたくらみの手助けをなさる」

「そうだ」

文覚にとっては、めずらしく煩悶していりのだ。それゆえ、弟子の

夢見、明恵の、その文覚の言葉を聴いての動揺も気づいではいない。

夢見は、数ヶ月前の事を思い起こしていた。   

           ■

仏教王国、平泉陥落後のち数ヶ月後、西行が、京都神護持をおとづれていた。

「夢見どの、いや今は明恵殿とお呼びしなくてはなりませんか。文覚殿は

おられるか」

「師匠様は、今留守でございますか。何かお伝えすべき事がございましたら、

私にお伝え下させませ」

「あ、いや、夢見殿がおられれば十分だ」

夢見は、西行を部屋に入れている。

急に、西行が、夢見に対して頭を下げていた。

「夢見殿、この後の事、お願いいたすぞ」

「え、何か、」

「この日の本のことだ、たくすべきは、おぬししかあるまい」

西行は、夢身を顔をしっかりと見て、断言した。

「また、大仰な、私は文覚の弟子でございます。そのような事は

お師匠様に、お伝え下さい」

「あいや、夢見どのおぬしではないとな。文覚殿では無理なのだ」

夢見は、無言になり、顔を赤らめた。神護寺は、京都の山中にあり、ふき

あげる風が寒々とする。山並みが遠く丹後半島まで続いている。遠くで獣

の鳴き声が響く。

「この国は今変わろうとしておる。が、わしの命も、もうつきよう」

しみじみと言った。

「この国を仏教王国にしていただきたい。神と仏が一緒になったな。

わしが重源殿とはかり、東大寺の200人の僧を伊勢参拝させたのだ。

この源平の戦いの後、どれだけの血がながれていたか。夢見殿のお父上もまた

戦でなくなれれていよう」

「それは、いささか、私の手には、重もうございます」

「いあや、鎌倉の武家の方々にナ、仏教を思い至らしていただきたい」

「それは、お師匠様が」

「いや、わしと文覚殿の時代ももう、おわろうて。武士の方々を仏教に

結縁させていただきたい。そいて、この世の中すべてうまく回る仕組みを

作っていただきたい」

「仕組みとは」

「たとえば、貴族の方々は、遠く桓武帝がおつくりになった立法

を守り、行ってきた。これから新しく規範が必要なのだ。世の基準をつくり、武家、庶民が豊かにくさせる世の中にしていただきたい。 いや、これは、西行の戯言と思っていただきたいが、源氏の後には 北条殿が、この世の中を動かすであろう」

「北条様は、しかし、源氏の家臣ではございませんか。また、鎌倉には大江広元様がおられましょう」

西行は冷笑した。

「ふつ、大江殿がどこまで、お考えかわからぬぞ。果たして、世の動きを作りは

源頼朝の大殿か、大江殿か」

西行は、ふっと考えている。この諧謔さが、師匠の文覚の気にいらぬのだ。

「よいか、夢見殿、和が話したことは、文覚のみは内緒ぞ」

「二人の秘密になるのじゃ。

北条殿を助け、その世の仕組みと基準である、ことわりを作られるのだ」

「それは東大寺の重源様、栄西様のお仕事では、、」

「あの東大寺の方々には、他のやり方がある。夢身殿には夢見殿の考え方と生き方が ござろうて」

西行のと明恵の会話は続いた。このことは、文覚は知らない。

■ 続く)20191128改訂

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源義経黄金伝説■第59回 1190年(建久元年) 葛城弘川寺桜吹雪の降る中 荒法師文覚が繰り出す八角棒を擦り抜け、文覚を 西行の拳がついている。

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源義経黄金伝説■第59回 1190年(建久元年) 葛城弘川寺桜吹雪の降る中 荒法師文覚が繰り出す八角棒を擦り抜け、文覚を 西行の拳がついている。
 

源義経黄金伝説■第59回

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■ 1190年(建久元年) 葛城弘川寺

荒法師、文覚が、次々と繰り出す八角棒を擦り抜け、文覚の体が浮いた瞬間を

西行の拳がついてくるのだ。

文覚が八角棒で次々と颶風を起こし、西行の体を狙うが、西行は風のように

擦り抜けている。回りで見ている文覚の部下たちも、二人の動きの早さに驚

いている。七十才の老人同志の争いとは見えぬ。

ここ、河内葛城の山を背景に、桜吹雪の降るなかで、二匹の鬼が舞い踊ってい

る。一瞬、その時がとまり、桜の花びらが、どうと上に吹きあげられる。

一瞬、文覚の一撃が、西行の胸に深々ととらえた。突き刺さっている。常の西

行ならば、避けられないものではない。西行の体は地に付している。文覚は西

行をだきおこす。

「これで、気が済まれたか、文覚殿」

西行はいきたえだえに言う。

「なぜじゃ、西行。なぜ、わざとおれにやられた」

「ふふう、お主に対する義理立てかな。ふふう」

ふと、西行のある歌が文覚の頭を掠めた。『願わくば花のしたにて春しなむ

その如月の望月のころ…』

「くそっ、西行、いやな奴だな、お主は。最期まで格好をつけよって、自ら

の死に自らの歌を合わせよったか」

「そうだ、しきしま道のものならば、、文覚殿、我々の時代も終わりぞ」

「清盛殿、死してすでに七年か」

文覚、西行、清盛は、同じ北面の武士の同僚であった。

「文覚殿、最後に頼みがござる」

「頼みじゃと、さては貴様、俺にその約束を守らせるために、わざと…」

義経殿の遺子、義行殿に会うことがあれば、助けてやってくれぬか」

「義行をな、あいわかった」

文覚は顔を朱に染めている。

「ありがたい。俺はよき友を持った」

西行よ、安んじて璋子たまこ様の元へ行かれよ」

「おお、文覚殿、その事覚えていたくだされたか」

「しらいでか」

西行は、一瞬思い出している。

     ●

西行殿、よく来てくだされた。この璋子たまこの最期の願を聞いてくだされ」

「璋子様、最期とは何を気弱な事を」

待賢門院璋子けんれいもんいんたまこが病床に横たわっている。

この時代の人々は、この世のものならず美しい姫君を、竹取物語

ちなんで「かぐや姫」と呼んだ。白河法皇にとってのかぐや姫は璋子だった。

そして西行の悲恋の対象である。

西行殿、自分の事はよくわかります。我が入寂せし後、気がかりな事ございます。その後の事を西行殿におまかせしたいのじゃ」

「お教えくだされ」西行は、やつれぐあいに、感がきわまり声がかすれる。

「璋子様。」

「我皇子たちのことじゃ」

「、、、、」

「影でささえてくだされや。璋子の最期の願じゃ」

璋子は、西行の手をしっかりとつかんでいる。が弱弱しいのが、西行にはわかる。

思わず、頬をつたわるものがあった。

「わかりました。璋子様、我命つくるまで、お守りいたしましょう」

宮廷恋愛の果て、待賢門院璋子のため、西行は、2人の皇子を守ろうとした。

2人の皇子とは、19歳の折りの皇子、後の崇徳法皇と、27歳の折の皇子、後の

後白河法皇である。待賢門院璋子は、鳥羽天皇中宮であった。この親子兄弟

対立相克劇が、保元平治の乱の遠因となる。

     ●

最期に、西行は、目を開け、文覚を見た。

そして、懐から、書状を出す。

「文覚殿、頼朝殿への書状だ。またワシの最期、奈良の重源殿に伝え下され」

西行は目を閉じた。

「く、」 文覚は膝を屈した。

しばらくは動かない。

やがて、面をあげすくと立ち上がった。

「皆、この寺を去るのだ」

「文覚殿、せめて仲間の死体を片付けさせてはくれぬか」

「ならぬ、鬼一らが手の者、こちらへ向かっていよう。すぐさま、ここ弘川寺

を立つのだ」

「それは、無体だ」

「無体だと。俺は今、友達を自らの手で殺し、嘆き悲しんでおる。味方だと

て、容赦はせぬ」

「文覚殿、我々を相手にされるというか」

「おお、お主らが、望むならばな」

「文覚殿、お主は頼朝殿のために働いていたのではないのか。それならば、最

後に西行から黄金のありかを聞くべきだったのではないか。先刻の西行の最後

の一言、その書状、何か意味があるのでは…」

文覚は、きりりと眦を聖たちの方に向ける。

「ふふう、そうだな。お主ら、義経殿が遺児のことを聞いてしまったな。や

はり、ここで始末をつけねばなるまいのう」

文覚は、残りの聖たちの方に、ゆっくりと八角棒を向けた。

半刻後、鬼一法眼おにいちほうがんの率いる山伏の一団、結縁衆が、弘川寺の周りに集まってい た。

「血の匂いがいたします」偵察の一人が言う。

「遅うございましたか」山伏たちは、西行の草庵をあうちこち調べる。

「襲い手たち、すべて死に耐えてこざる」

数人の体や首に、桜の枝が、ふかぶかと突き刺さっている。 桜の枝が朱に染

まり生々しい。

「ふふ。さすがは西行殿。殺し方も風流じゃ」

結縁衆のひとりがつぶやいた。

「せめて西行様がこと、我らの間で語り継ぎましょうぞ」

「おう、そうだ。それが我ら山伏の努めかもしれん」

「それが、供養でございましょう。西行様がこと、義経様がこと」

山伏たちは、草庵の後を片付け始めた。

鬼一はひとりごちた。

「さては、聖たちがしわざ、文覚殿か、重源殿か…」

建久元年(一一九〇)二月一六日、河内国弘川寺にて西行入滅。

西行の入寂後、すぐさま、東大寺の重源は、ある命令を発した。

再建中の大仏殿の裏山が、切り崩しである。その裏山に隠されていたものに

ついては歴史は語っていない。西行東大寺がどのような約束があったかは

不明である。

西行が、その最期に、文覚に託した手紙も不明である。が、頼朝はその書状

を見て青ざめた。

かくして、西行も歴史の中に、人々の記憶に伝説として生きる事となった。

(続く)

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源義経黄金伝説■第58回 1190年(建久元年)春、桜の花の舞い落ちる時、 河内国葛城弘川寺 西行庵桜の枝を折、「準備は調いましたぞ。そこにおられる方々、出てこられよ」と西行は言う。

YG源義経黄金伝説■一二世紀日本の三都市(京都、鎌倉、平泉)の物語。平家が滅亡し鎌倉幕府成立、奈良東大寺大仏再建の黄金を求め西行が東北平泉へ。源義経は平泉にて鎌倉を攻めようと
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源義経黄金伝説■第58回 1190年(建久元年)春、桜の花の舞い落ちる時、 河内国葛城弘川寺 西行庵桜の枝を折、「準備は調いましたぞ。そこにおられる方々、出てこられよ」と西行は言う。
 
●前書き

桜の枝をボきボキと折り、はなむけのように、枝を土に指し始めた。ひとわた

り枝を折り、草かげの方に向かって、話しかけた。

「準備は調いましたぞ。そこにおられる方々、出てこられよ。私が、西行だ。何の用かな」

音もなく、十人の聖たちが、草庵の前に立ち並んでいた。

 

源義経黄金伝説■第58回

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■ 1190年(建久元年) 河内国葛城弘川寺

葛城の弘川寺に西行はいる。 背後には葛城山脈が河内から紀州に南北に広がり

河内と奈良古京の道をふさいでいる。

庵の文机に向かい、外の風景を見ていた西行は、いにしえの友を思い起こして

いた。平泉を陰都にする企ては、昨年の源頼朝の「奥州成敗」により、ついえて

いた。おもむろにつぶやく。

「我が目的も、源頼朝殿の手によって潰えたわ。まあ、よい。源義経殿、またその和子、源善行殿も生きておられれば、あの沙金がきっと役に立つだろう」

西行は、崇徳上皇のため、平泉を陰都にしょうとした。また、奥州を仏教の平

和郷であり、歌道「しきしま道」の表現の場所にしょうとした。それが、鎌倉殿、源頼朝の手で費えたのである。

西行はぼんやりと裏山の方、葛城山を見つめている。季は春。ゆえに桜が満

開である。

「平泉の束稲山の桜も散ったか。俺の生涯という桜ものう……」

桜の花びらが散り、山全体が桃色にかすみのように包まれている。

「よい季節になったものだ」

西行はひとりごちながら、表へ出た。

何かの気配にきずいた西行は、あたりをすかしみる。

「ふふつ、おいでか?」と一人ごちる。 そして、枝ぶりのよい

桜の枝をボきボキと折り、はなむけのように、枝を土に指し始めた。ひとわた

り枝を折り、草かげの方に向かって、話しかけた。

「準備は調いましたぞ。そこにおられる方々、出てこられよ。私が、西行だ。何の用かな」

音もなく、十人の聖たちが、草庵の前に立ち並んでいた。

西行殿、どうぞ、我らに、秀衡殿が黄金のありか、お教えいただきたい」

「が、聖殿、残念だが俺らの道中、悪党どもに襲われ、黄金は、すべて奪い

去られてしもうた」

「ふつ、それは聞けませぬなあ。それに西行殿は、もう一つお宝をお持ちのは

ず」

「もう一つの宝とな。それは」西行の顔色が青ざめた。

「そうじゃな、秀衡殿が死の間際に書き残された書状。その中には奥州が隠し

金山の在りかすべて記していよう」

「よく、おわかりだな。が、その在りかの書状のありかを、お前様がたにお

教えする訳にはいかぬよ」

「だが、我らはそういう訳にもいかん」

「私も、今は亡き友、奥州藤原秀衡殿との約束がござる。お身たちに、その

行方を知らす訳にはいかぬでな」

西行、抜かせ」

聖の一人が急に切りかかって来た。

西行は、風のように避けた。唐突にその聖がどうと地面をはう。その聖の背に

は大きな桜の枝が1本、体を、突き抜けている。西行、修練の早業であった。

「まて、西行殿を手にかけることあいならぬ」片腕の男が、前に出て来てい

る。

「さすがは、西行殿。いや、昔の北面の武士、佐藤義清殿。お見事でござる」

西行は何かにきづく。

「その声は、はて、聞き覚えがある」 西行は、その聖の顔をのぞきこむ。

「さよう、私のこの左腕も御坊のことを覚えてござる」

「ふ、お前は太郎左か。あのおり、命を落としたと思うたが…」

いささか、西行は驚いた。足利の庄御矢山の事件のおりの、伊賀黒田庄

党の男である

「危ういところを、頼朝様の手の者に助けられたのじゃ。さあ、西行殿、ここ

まで言えば、我々が何用できたか、わからぬはずはありますまい」

「ふ、いずれにしても、頼朝殿は、東大寺へ黄金を差し出さねばのう。征夷大

将軍の箔が付かぬという訳か。いずれ、大江広元殿が入れ知恵か」

西行はあざ笑うように言い放った。

西行殿、そのようなことは、我らが知るところではない。はよう、黄金の場

所を」

「次郎左よ、黄金の書状などないわ」

「何を申される。確か、我々が荷駄の後を」

「ふふう、まんまと我らが手に乗ったか。黄金は義経殿とともに、いまはかの

国にな」

義経殿とともに。では、あの風聞は誠であったか。さらばしかたがない。西

行殿、お命ちょうだいする。これは弟、次郎左への手向けでもある」

「おお、よろしかろう。この西行にとって舞台がよかろう。頃は春。桜の花び

ら、よう舞いおるわ。のう、太郎左殿、人の命もはかないものよ。この桜の花

びらのようにな」

急に春風が、葛城の山から吹きおち、荒れる。

つられて桜の花片が、青い背景をうけて桃色に舞踊る。

「ぬかせ」 太郎左は、満身の力を込めて、右手で薙刀を振り下ろしていた。

が、目の前には、西行の姿がない。

「ふふ、いかに俺が七十の齢といえど、あなどるではないぞ。昔より鍛えてお

る」

恐るべき跳躍力である。飛び上がって剣先を避けたのだ。

「皆のものかかれ、西行の息の根を止めよ」

弘川寺を、恐ろしい殺戮の桜吹雪が襲った。

桜の花びらには血痕が。舞い降りる。

西行庵の地の上に、揺れ落ちる桜花びらは、徐々に血に染まり、朱色と桃色

がいりまじり妖艶な美しさを見せている。

「まてまて、やはり、お主たちには歯が立たぬのう」

大男が聖たちの後ろから前へ出てくる。西行は、その荒法師の顔を見る。お

互いににやりと笑う。

「やはりのう、黒幕はお主、文覚殿か」

「のう、西行殿。古い馴染みだ、最後の頼みだ。儂に黄金の行方、お教えくだ

さらぬか」

西行はそれに答えず、

「文覚殿、お主は頼朝殿のために働いていよう。なぜだ」

「まずはわしが、質問に答えてくれや。さすれば」

「お前は確か後白河法皇の命を受け、頼朝様の決起を促したはず。本来なら

ば、後白河法皇様の闇法師のはず、それが何ゆえに」

西行は不思議に思っていた。

文覚は、後白河法皇の命で頼朝の決起を促したのだ。

「俺はなあ、西行。頼朝様に惚れたのだ。それに東国武士の心行きにな。あ

の方々は新しき国を作ろうとなっておる。少なくとも京都の貴族共が、民より

搾取する国ではないはずだ。逆にお主に聞く。なぜ西行よ、秀衡殿のことを

そんなにまで、お主こそ、後白河法皇様のために、崇徳上皇のためにも、奥州

平泉を第二の京都にするために、働いていたのではなかったのか。それに、ふ

ん、しきしま道のためにも、、」

「ワシはなあ、文覚殿。奥州、東北の人々がお主と同じように好きになったの

だ。お主も知ってのとおり、平泉王国の方々は元々の日本人だ。京都王朝

の支配の及ばぬところで、生きてきた方々。もし、京都と平泉という言わ

ば二つの京都で、この国を支配すれば、もう少し国の人々が豊かに暮らせると

思うたのだよ」

文覚は納得した。

「ふふ、貴様とおれ。いや坊主二人が、同じように惚れた男と国のために戦う

のか」

文覚はにやりと笑う。

「それも面白いではないか、文覚殿。武士はのう、おのが信じるもののために

死ぬるのだ」

西行もすがすがしく笑う。

「それでは、最後の試合、参るか」文覚は八角棒を構えた。西行は両手を構え

ている。

八角棒は、かし棒のさきを鉄板で包み、表面に鉄びょうが打たれている。

西行、宋の国の秘術か」

「そうよ、面白い戦いになるかのう」

(続く)

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夢王たちの宴第23回■異世界フォルゴダシティの移動宮殿フォトンの前で生物楽器ビブラフォンの競技会が開催。異世界の旅人、ジェイは、演奏を始めるが、声がその楽器から。

YK夢王たちの饗宴--(ドリームドラッグ・ウオーの跡)夢世界の入り組んだ異世界、最高の夢王は、だれなのか? なぜ、この夢世界はできたのか?ドリームドラッグ・ウオーとは?
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夢王たちの宴第23回■異世界フォルゴダシティの移動宮殿フォトンの前で生物楽器ビブラフォンの競技会が開催。異世界の旅人、ジェイは、演奏を始めるが、声がその楽器から。
 

夢王たちの宴ードラッグ戦争の痕でー■第23回■

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■第23回■

  超能力者のプレイヤー、ハーンが死んでほっと胸をなでおろした人間がいる。

道化師マリクだ。

ジェイに『ハルフォードの稲妻」の曲をビブラフォーンを演奏してもらわないと秘合が悪いのだで

 マリクはジェイの出番を心待ちにしていた。

 いよいよジェイの番だった。

司会者はジェイをビブラフォーンのプロプレィヤーと紹介すろ。

拍手がおこる。

 ジェイはビブラフォーンの前に立っていた。

何かなつかしい人と再会できた。ジェイはそんな気がした。

 四肢をビブラフォーンの四肢にそれぞれ同じようにつなげる。

そして頭をビブラフォーンの真中の穴につっこむ。

 ジェイのすべての感覚は、この瞬間にビ、生物楽器ビブラフォーンがにぎったのだ。

「ジェイ」

どこからか声が、どこなのだ。 ビブラフォーンが呼んでいるのだ。女の声だった。

「払よ、ジェイ。やっと会えたわ」またビブラフォーンが言う。

「だれだジェイは心の声で叫んでいた。

「記憶がもどっていないのね、いいわ、演奏すれば思い出すわ」 

 ジェイの指は演奏し始めた。

伝説の曲『ハルフォードの稲妻』を、ジェイの左手は段々、熱をおびはじめた。                

 指は常人を越えた恐るべき動きをした。ビブラフォーンもそれにあわせて動いている。                       

 先刻のハーンの演奏の時の味に、霧が出てきた。あたりが暗くなってくる。

 天候が急変する。雨が降り始め、それが暴風雨となり、松妻が光 

る。すでに第3楽章にはいっていた。もう演奏は30分も続いているのだ。 

 ジェイは体力を消耗するどころか、演奏するのにのっていた。叫奮状態となっていた。

(続く)20200424改訂

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源義経黄金伝説■第57回★1189年 文治5年平泉王国の焼け跡を馬で見回る二人の姿があった。 源頼朝と大江広元である。西行に渡した銀作りの猫の像を発見する。

YG源義経黄金伝説■一二世紀日本の三都市(京都、鎌倉、平泉)の物語。平家が滅亡し鎌倉幕府成立、奈良東大寺大仏再建の黄金を求め西行が東北平泉へ。源義経は平泉にて鎌倉を攻めようと
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源義経黄金伝説■第57回★1189年 文治5年平泉王国の焼け跡を馬で見回る二人の姿があった。 源頼朝大江広元である。西行に渡した銀作りの猫の像を発見する。
 
●前書き

太陽の光を受けて、源頼朝の眼をいる輝きが焼け跡にあった。

これは…。

頼朝は、その土を触ってみた。何かが土中から姿を現す。

それは、猛火にも拘わらず、溶け掛けた銀作りの猫の像だった。見覚えがあった。

「大殿様、その像は…」

大江広元が不審な顔をしている頼朝に尋ねた。頼朝は3年前の、鎌倉での西行法師の顔と話を思い起こしていた。

西行め、こんなところに…、やはり」

源頼朝は悔しげに呟いている。

 

源義経黄金伝説■第57回★

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■ 1189年文治5年 平泉王国 

 平泉王国の焼け跡を馬で見回る二人の姿があった。

源頼朝大江広元である。

 文治五年(一一九六)八月二二日、頼朝の「奥州成敗」で、実質上日本統一がなったといえる。大和朝廷の成立後も奥州は異国であり、異国であり続けた。

 二人は、中尊寺のところに来ていた。この寺跡は焼け残っている。見上げる頼朝は、感動していた。

「おお、広元、この平泉王国の富、さすがというべきか」

「ははっ、聞きしに勝る都城でございます」

 西行がいった通りだと頼朝は考えていた。

平泉は仏教王国だった。

なにしろ、源頼朝は、伊豆に流されて以来、毎日毎日読経ばかりだったのである。心根に仏教教典が染み付いている。空で経文がいくらでもいえるのだ。

 奥州藤原氏に対するやっかみの心が、頼朝に擡げてきた。

(こやつら奥州藤原氏にだけは、負けたくない。私が日本の統一者だからだ。

私が日本一の武者の大将なのだ。それならば、私の町鎌倉にもこのような寺が必要だ。)

「このような寺を鎌倉に作るのじゃ。鎌倉が、都や平泉に劣ることあれば、われらが坂東武者、源氏の恥じぞ。この平泉におる職人共をすべて鎌倉に連れ帰り、寺を建てるのじゃ」

「心得ました。この平泉にある寺の縁起、すべて書き出し、我が手に提出致しますよう命じてございます」

 頼朝の願いどおり『鎌倉には、平泉の寺院を模倣した寺が建てられた』が、

それは平泉には及ばない。所詮は、平泉の寺院のコピーでしかないのだ。コピーは本物をこえることはできない。

 やがて、頼朝は、目下気になっていることを聞いた。

「泰衡が弟、忠衡、発見できぬか」

「いまだ発見できませぬ」広元は残念そうに答えた。

「ええい、忠衡がおらねば、黄金の秘密一切わからぬとは」

 古代東北の地、中でも気仙地方は、世界でも最大級の豊かな金鉱を有していた。今出山金山、氷上山の玉山金山、雪沢金山、馬越金山、世田米の蛭子館金山などである』

頼朝はいらついている。

(この国を攻めたは、実は奥州黄金を手に入れることぞ。この国の王には黄金が必要なのだ、あの京都を凋落するのは黄金が一番なのだ)

「国衡も見つからぬのか」

「いまだに姿が見えませぬ」

「ええい、国衡もいないとならば、奥州の金を手に入れたことにはならぬ。されば何のための奥州征伐ぞ」

怒りの目で、頼朝はあちこちを見回している。その時、何かがキラリと光り頼朝の目をいた。

「あれは…」

 頼朝が、小高い台地にある焼け跡に目を移した。あきらかに何ヵ月か前の焼け跡である。

二人は高館の跡まで馬を走らす。

「この場所が、義経殿が最期を遂げた場所でございます」

 広元が冷静に告げていた。

義経が死に場所か……よし、少しばかり見て行くとするか」

 その頼朝の目には、涙がにじんでいる。頼朝は馬を、その台地に乗り上げ、ゆっくりと馬から降りた。その場所から崖が北上川へと急に落ち込んでいて、東稲山も間近に見える。頼朝はその風景を見ながら思った。

「目の前のあの山が東稲山でございます。西行殿が愛でた桜山です」

義経、なぜ私の言うことを聞かなんだ。俺は武士の世を作ろうとしたのだ。それを後白河法皇などという京都の天狗に操られよって…。我が兄の心根、わからなんだか。やはり母親の血は争えぬか)

頼朝は母常盤の血を引いていた、やさしい、さびしげな義経の顔を思い浮かべていた。

(あのばか者めが…)

太陽の光を受けて、頼朝の眼をいる輝きが焼け跡にあった。

これは…。

頼朝は、その土を触ってみた。何かが土中から姿を現す。

それは、猛火にも拘わらず、溶け掛けた銀作りの猫の像だった。見覚えがあった。

「大殿様、その像は…」

 広元が不審な顔をしている頼朝に尋ねた。頼朝は3年前の、鎌倉での西行法師の顔と話を思い起こしていた。

西行め、こんなところに…、やはり」

 頼朝は悔しげに呟いている。

「では、その猫の像は、あのおり西行にお渡しなされたものではございますか」

「そうだ」

「やはり、西行後白河法皇様のために…」

「いや、違うだろう。西行義経を愛していたのであろう。まるで自分の子供

のようにな…」

 頼朝は遠くを思いやるようにぽつり述べた。広元はその答えに首をかしげて

いた。

思い出したように源頼朝が告げた。

「平泉中尊寺の寺領を安堵せよ」源頼朝は急に大江広元に命令を下していた。

源頼朝は信心深い性格だった。三二歳で伊豆で旗を揚げるまで、行っていたことと言えば、源氏の祖先を祭り、お経を唱えることだけだった。

まさに、日々、お経しか許されていなかった。毎日十時間の勤行は、頼朝の心に清冷な一瞬を与えていた。神、仏が見えたと思う一瞬があるのだった。この一瞬、頼朝は思索家と思えるものになっていた。

頼朝は、自らの行っている幕府作りが日本の歴史上、大きな転換点になるとは考えてもいる。

板東の新王、ついに平将門以上の存在になった。

源氏の長者が、何世紀にもわたって成敗できなかった奥州も我が手にした。

彼の考えていたのは、武家が住みやすい世の中を作ることのみであった。

■7 1189年文治5年京都

 京都の後白河法皇御殿にも平泉落城の知らせが届く。

「頼朝、ついに平泉へ入りました」

関白,藤原(九条)兼実が後白河法皇に悲しげに報告した。

「そうか、しかたがないのう。平泉を第二の京都にする計画潰えたか。残念だのう」

「せっかく夢を西行に託しましたが、無駄に終わりました」

「が、兼実、まだ方法はあろう」

後白河は、また、にやりとする。

「と、おっしゃいますと…」

 不思議そうに、兼実は問い返す。

(いやはや、この殿には…、裏には裏が、天下一の策謀家よのう。平泉を第二の京都にできなかったは残念だが、次なる方策は)

「鎌倉を第二の京都にすることだ。源氏の血が絶えさえすれば、京に願いをすることは必定。まずは頼朝を籠絡させよう。さらに頼朝が言うことを聞かぬ場合は…」

後白河法皇の目は野望に潤んでいる。

「いかがなさいます」

義経が子、生きていると聞くが、誠か」

「は、どうやら、西行が手筈整えましたような」

「その子を使い、頼朝を握り潰せ。また、北条の方が操りやすいやもしれぬ。兼実、よいか鬼一法眼に、朕が意を伝えるのだ」

笑いながら、後白河は部屋に引き込んだ。兼実は後に残って呟く。

「恐ろしいお方だ」

兼実は背筋がぞくっとした。

20131016改訂(続く)

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源義経黄金伝説■第56回奥州の平泉王国第4代国王、藤原泰衡は 一瞬後、その命が吹き引き飛んで。 郎党の裏切りであっ た。 奥州黄金郷は、ここに滅んだ。

YG源義経黄金伝説■一二世紀日本の三都市(京都、鎌倉、平泉)の物語。平家が滅亡し鎌倉幕府成立、奈良東大寺大仏再建の黄金を求め西行が東北平泉へ。源義経は平泉にて鎌倉を攻めようと
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源義経黄金伝説■第56回奥州の平泉王国第4代国王、藤原泰衡は 一瞬後、その命が吹き引き飛んで。 郎党の裏切りであっ た。 奥州黄金郷は、ここに滅んだ。 1189年(文治5年)9月3日である。
 
●前書き●

武家としての源氏、平家の関東制覇と奥州攻略の歴史は長い。奥州の金鉱石を狙い血みどろの争いが続いた。

東国では、名高い平将門まさかどの乱の後、1028年(長元1年)平の忠常ただつねが反乱を起こした。千葉氏の祖である。

追討使は源頼信。多田の満仲の子供である。多田(現兵庫県川西市)の源満仲は、源氏、武家の始まりとされ、多田銀山の銀を持って貴族に取り入り、京都王朝での立場をきづく。

 

源義経黄金伝説■第56回

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■ 1189年文治5年7月 鎌倉

「さあて、源氏の古式にならい、旗をあげる時じゃ、広元、準備おこたりない

か」源頼朝が言った。

大江広元は大江国房の孫である、大江国房が参謀として計画、奥州平泉に攻めいるは鉱山貴族である、源氏が100年程前から「前九年の役」からの野望であった。

「源氏の血を奥州に広めねばならん」

「大殿(頼朝)様、日本のすべての国に動員をかけませ。頼朝様の見方かどう

か判断できましょうぞ」

「ということは、源平の争いのおり、我が源氏の軍に刃向かいものどもにも、

動員をかけるわけか」

「さようでございます。今天下は大殿さまに傾きつつあります。誰が見方か、

敵か、この動員に参加するかどうかで見事にわかりましょうぞ。これにより、

大殿様の天下草創が周知徹底できましょうぞ。すなわち、源氏が武家の王であ

ることが見事証明できましょう」

「わかった。みなまでいうな。大江広元、その力をもって平泉を征服しょうぞ」

武家としての源氏、平家の関東制覇と奥州攻略の歴史は長い。奥州の金鉱石を狙い血みどろの争いが続いた。

東国では、名高い平将門まさかどの乱の後、1028年(長元1年)平の忠常ただつねが反乱を起こした。千葉氏の祖である。

追討使は源頼信。多田の満仲の子供である。多田(現兵庫県川西市)の源満仲は、源氏、武家の始まりとされ、多田銀山の銀を持って貴族に取り入り、京都王朝での立場をきづく。

源頼義よりよしは奥州に攻め入り、前九年の役(1051年から1063年)、後三年の役 (1083年-1087年)を通じて関東平家を郎党とする事に成功した。

源頼義よりよしは、板東の精兵を、奥州の乱の鎮圧に動員した。その契機は平直方なおかたの娘婿となったからである。

平忠常ただつねの乱のお り、平直方なおかたは追討使となり、源頼義よりよしの騎射の見事さ に感心し、娘を嫁がした。

平直方なおかたは鎌倉に別荘を持っており、源頼義は義理父からこの屋敷を譲り受ける。

鎌倉は関東平氏のの勢力範囲であったが、源氏は関東地方に人の支配権を得た。源頼義の子供であり平直方なおかたの外孫である義家よしいえは、前9年の役、後3年の役でその武名を天下にとどろかせた。

源義家よりの4代目が、源頼朝源義経の兄弟である。

後三年の役は1087年に 終わる。

その100年後、頼朝の私戦、奥州大乱は、1189年7月に鎌倉の出発を持って始まる。

源頼朝は、新しい日本歴史を作ろうとしていた。

日本の統一である。

■6  1189年(文治5年)9月 平泉王国   

奥州王である藤原泰衡は悲しくなった。

なぜ私が攻められるのだ。

(約束を守ったではないか。ちゃんと頼朝が言うとおり、義経を殺し、その首

を差し出したでしないか。義経を差し出せば、奥州は安堵するという約束をし

たではないか。くそっ、西の人間など、やはり信頼できぬ。この戦どうしたも

のか。助かる手段はないものか。そうだ、ともかくも頼朝に平謝りに謝ろ

う。そうしなければ、親父殿、祖父殿に申し訳が立たぬ。この身、どうしても

奥州仏教王国守らぬばのう。

 そうだ、まだ西行がおる。あやつを捕まえ、頼朝に申し開きもうそう。そう

だ、それがよい。

奥州の平泉王国第4代国王、藤原泰衡は思った。

一瞬後、その命が吹き引き飛んでいた。

郎党、河田次郎の裏切りであっ た。

奥州黄金郷は、ここに滅んだ。

1189年(文治5年)9月3日の事である。

(続く)●山田企画事務所

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