yamada-kikaku’s blog(小説ブログ)

山田企画事務所のペンネーム飛鳥京香の小説ブログです。

ロボサムライ駆ける第一章 胎動

■YAMADS「ヤマダの素」では、山田の過去発表の同人誌小説をお見せします。左横のバナーページをご覧下さい。10年以上前の作品です。著作権は山田にありますので、よろしくお願いします。

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■ロボサムライ駆ける■
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田博一
http://w3.poporo.ne.jp/~manga/
http://plaza.rakuten.co.jp/yamadas0115/
■第一章 胎動

  (1)
 巨大な島が動いていた。その島が日本の瀬戸内海を航行しているのだ。まろやかな陽光たなびく中、その島は動く。島は空母ライオンであった。艦橋に二つの影が立っていた。彫刻のようであった。その一つが他にしゃべりかける。
「風光明媚なところでございますなあ」
 バイオ空母ライオン、排水量一〇万トン。甲板の幅五〇メートル、全長四〇〇メートル。ロセンデール卿の私物である。それは平和という海の中に突然出現した鬼や魔物を思わせた。バラの花園の中に蛛である。バイオ空母は機械を中心としながらも、生命体で多くを構成されている。また空母といっても、その艦載機は高高度を飛べる訳ではない。何しろ霊戦争以後、神の眼ボルテックスが存在するのだから。
 一つの影は、ロセンデールの秘書官のクルトフだった。クルトフは、ライオンの鑑橋から、瀬戸内海を見渡しながら考え深げに言った。
 今年六十になるクルトフは、鷲のような顔付きをしている。赤く思慮深い眼、大きない鼻梁は高くいかつい感じをましていた。長い白髪は仙人を思わせる事がある。
 ヨーロッパの首相級を思わせる華麗な宮廷服を着ていた。それが似合っているのだ。
 あと一つの影はロセンデール。神聖ゲルマン帝国のえらばれし一三人の騎士の一人。
「クルトフ。ここ、日本が手にはいるわけですから。心して計画にかかねばなりませんね。それでどうですか。我々に対する大阪シティの受け入れ体制は」
 ロセンデールは美しいブルーの眼をクルトフに向けて言った。
 ロセンデールはいかにもヨーロッパ的な顔立ちであり、言葉使いも優しく、一見やさ男であるが、よく観察すると、野望を秘めたブルーの眼と高貴な育ちを表す高い鼻と、力強い意志をもつ顎が見えて来る。そして、体全体からは権力を持つ男のオーラが発されているようであった。今年三七才になるが、二〇代後半にしか見えなかった。
 長い金髪を後ろで束ねて垂らし、ビロードでできた古代ペルシア風のチュニックとショートコートを来ていた。
「万全のようです。これも卿の深慮遠謀のお陰」
 腰を曲げ、クルトフは丁重に答えている。「ふふふっ、ともかくも、私達は世界史上誰もなし得なかったことをしようとするわけですからねえ。ところでクルトフ、例の霊能師の方は大丈夫なのですか」
 ロセンデールはこれからの計画に浮き浮きして、顔の色艶がよい。
「その方の準備も万全でございます。西日本都市連合議長の水野なりが、餌をまいておりましょう」
「ロセンデール様、皆の用意ができました」 二人の前にごつごつした大男が現れている。 この大夫は聖騎士団長シュトルフだった。 シュトルフは、戦のなかで生まれたような男だった。赤ら顔で首は太く、胴は樽のようだった。その樽の上に乗っている顔はどちらかというと愛嬌があった。眼は小さく、鼻は団子鼻で大きく、口もまた大きかった。ロセンデールいわく、
「君は、ジャガ芋顔ですね。シュトルフくん。……。もっと奇麗な顔になりなさい。我々は神聖ゲルマン帝国を代表しているのですからね」
 シュトルフは、幾たりとなく、大きな戦いを生き残ってきた四五才の精鋭だった。
 光る電導師の制服を着ていた。そのコスチュームは、昔の十字軍を思わせた。そして動くたびにチャリチャリと音がする。当たりの空気が帯電しているようである。
「よーし、お前たち聖騎士団、電導師たちの力を見せてもらいましょう」
 この若者はシュトルフとクルトフを驚かせる言葉を言った。
 ロセンデールはゆっくりと重々しく、腰に着けた剣を引き抜いていた。
「殿下、その剣は……」
 『ゲルマンの剣』である。切っ先が陽光を受けてきらりと光る。
その眼差しは眼を見守っている。
「殿下、さすがに見事でございます」
 おせじではなくシュトルフが言う。
「ほれぼれとするお姿じゃ」
 クルトフが言った。
 ロセンデールの後ろには、うすぎぬを着た巫女たちが戦いの歌を歌い始める。一五才から一八才の美女ばかりだった。
 ロセンデールの歌姫たちだ。
 ゲルマンの剣はわざわざ、ルドルフがロセンデールに渡したものだった。
「皇帝ルドルフ猊下、この剣にて帝国の土ひろげましょうぞ」
 こう見栄をきったロセンデールだった。
 ロセンデールはヨーロッパの某国で生を受け、霊戦争後のし上がってきた貴族である。現在、神聖ゲルマン帝国ルドルフ大帝の右腕とすらいわれている。
「シュトルフ、例のものを合体してみせて下さい」
「殿下、ここでですか」
 シュトルフがいささか、慌てた。
「まだ大阪港へつきません。ここで、姿と力を見てみたいのです」
「わかりました。殿下のおおせのままに」
 ロセンデール様は言い出したら我々の言うことは聞かぬ方だ。シュトルフはあきらめ、命令に従うことにした。
「飛行士の諸君、甲板にバイオコプターを集めよ」
 バイオコプターは生体を形どった機械飛行機で、大きな羽根で羽ばたくことにより揚力を得ていた。この生体とは、とんぼとか兜虫とかの昆虫である。それゆえ、大形の昆虫に見える。
「よーし、動かせ」
 バイオコプターが甲板上の一点に集まっていた。
 そのバイオコプターの群れが、別のものに変化した。何か巨大なものが、ロセンデールたちの前に立ち上がっていた。瀬戸内海の陽光を受けて、それはきらきら輝いている。
 ロセンデールはそれを見あげてほほ笑んでいる。
「まことに見事です。これで日本人どもの肝を冷やさせるでしょう」
 ロセンデールの顔も、太陽の照り返しできらきら輝いている。

その時、ロセンデールの背に何かが光った。蝶のように華麗に、彼は飛んだ。
 それは飛ぶとしか形容の仕方がない動きだった。
「おっと、危ないですね」
 背中に短剣をつきさそうとするものがいたのだ。
 巫女の一人だった。
 ロセンデールはその女をぐっと抱き寄せ、片手で顔をあげさせた。
「ふふっ、なかなかの美形ではありませんか。やはり、神聖ゲルマンの女性はいいですね。殺すにはおしいが…」
 優しげな表情を、きぱりと投げ捨てて、クルトフに向かい言った。
「よいですか、クルトフ君、この女の背後関係を探るのです。私の仕事のジャマをしようとする輩をみつけるのです」
 それから女にいった。
「誰がこのような小汚いまねをしょうといったのですか、おこたえなさい」
 が、その女の口からは、血がしたたり落ちていた。
「いかん、口のなかに毒薬を…」
 シュトルフが、つぶやいた。
「シュトルフ君、よろしいですか。この私は、待望ある身なのですよ。この地では、いわば、私が神聖ゲルマン帝国なのです」
「そうだ。シュトルフ君、いくら殿下が優れた方でも、大事にいたることもありうるのだ」 シュトルフは二人からとっちめられる。
「この女の死体を始末なさい。シュトルフ君。汚らわしい死の匂いがしみつきます」
「はて、いかように…」
 ロセンデールは海を見やった。
「そうですね、サイボーグ魚に始末してもらいましょう。そのほうが、きれいでしょう」 巫女の死体は、空母ライオンから、海中に投げ捨てられた。
 空母の後ろに続くサイボーグ魚の群れが、それをバリバリとかみ砕いた。
 潜水艦「越月」にいる作務衣の男がつぶやいている。
「おそろしい男よのう。ロセンデール。あやつは人じゃが、人の血が流れているのかどうか。我々、ロボットの方がな、まだ…」
     ◆
「あれは何や」
「何か、舟の上にのっとるなあ」
「ひょっとしてあれは…、」
「よう、みてみいや」
「大仏様が、大仏様が、こちらへ動いて来るぞ」
「ああ、ありがたいことじゃ」
 大阪シティにいる人々は、空母上の大仏を見て大騒ぎとなっていた。海岸のほうへ人々は繰り出していた。人もロボットも。
「これを見にいかなんだら、なにわっ子の名折れだ」
「ありがたい、大仏様じゃ」
 大仏が、空母の甲板上に、座を組んでいる。ロセンデールのライオン丸であった。その上には天女が竪琴をもって演奏している。先刻のロセンデールの歌姫たちが服装を変えて、先刻とは異なる歌を奏でているのだ。演出効果バツグンである。
「ふふう、見てごらんなさい、クルトフ。大仏とやらは、日本人によく効くシンボルですねえ」
 艦上から、ロセンデールが下の騒ぎを見てほくそ笑んでいる。
「タイのバンコクで手に入れたのも、この効果があれば安い買い物でしたな」
「それに、この大仏のもう一つの目的を知れば、水野たちも驚くに違いありませんねえ」 ロセンデールは再び、いたずらを喜ぶ子供のような笑みを顔にうかばせた。
    ◆
 大阪港に接岸した空母ライオンに、人々が群がり集まって来るのだった。
 大阪は、いや、近畿エリアはまさに平野であった。かつて存在していた奥深い山並みは、霊戦争のおり消滅している。
大阪港の埠頭には、警備兵に囲まれて二人の男が待っていた。
「これ、斎藤、落ち度があってはなりませぬぞ、あの方には」
 二メートルの大身の水野は、ネズミのような一五〇CMにみたない小男、斎藤にいった。二人とも日本の礼服である裃に身を固めている。上下二本の刀をさし、草鞋ばき。当然頭は丁髷を結っている。この二人だけでなく、一般人も、和服、丁髷である。人間だけでなく、ロボットも同様の風体だつた。
「わかっております、水野様。あの卿の取り扱いいかんでは、我々の手に日本が…」
「しっ、斎藤。それは禁句じゃ。誰が聞いておるやもしれん」
「が、水野様。わざわざあのロセンデールとか申す神聖ゲルマン帝国の手の者を、日本に入れる意味がありましたでしょうか」
「何を今頃申しておる。足毛布(あしもふ)博士の強制ロボット動員策でも、あの場所がみつからんのだぞ。ヨーロッパ随一の心柱(しんばしら)発見の著名人であるロセンデール卿を招くのは当たり前だろうが」
「が、心柱を発見された各国、いずれもルドルフ大帝の支配下に入ったと聞き及びます」斎藤は不安げに言った。
「お主も心配症じゃのう。体にあわせてネズミの心臓か。支配下に入った各国はヨーロッパぞ。東洋の一国である我々には関係ないわ。よいか、あの霊戦争以降は、群雄割拠よ。これからの時代で俺は織田信長、お主は豊臣秀吉じゃ」
 水野は、織田信長。斎藤は、豊臣秀吉そっりの顔をしていた。
「が、水野様。東京には本当の徳川公がおわしますぞ」
「本当に心配症の奴じゃのう。徳川公廣など、東の田舎もの。心柱さえ見つかれば、そのようなこと取るに足りぬ」
 大笑いする、水野。彼は西日本都市連合議長である。
 自らの未来が、鮮やかに脳裏に浮かび上がっているのだろう。
 一方、斎藤は大阪市長だが、顔色は優れなかった。ともかく、秀吉も信長も外国の力を借りはしなかった。と斎藤は思った。
 空母ライオンが着岸し、幾人かの人々が降りて姿が眼に入って来た。
「それ、ロセンデールが現れよった。斎藤、笑顔じゃ、笑顔」
 ロセンデールが、ケープをひるがえせて降りて来た。あとには鷲顔クルトフ、ジャガ芋顔シュトルフなどの随員が続いている。
「これは、これは、ロセンデール卿、遠い道程、お疲れ様でございます」
 このあいさつに対して、ロセンデールは恐ろしい言葉を投げ掛けた。開口一番
「水野どの、日本は美しい国ですね。とても欲しくなりました」
 憂いを秘めたロセンデールは、簡単に言ってのける。
「何をおつしゃいます」水野の顔は真っ青に急変する。
「いえ、冗談ですよ、外交辞令ですよ」
 にこやかにほほ笑みながら、ロセンデールは言った。
「では、早速、現況をお伺いしましょうか」
 迎賓館に人々は移動していた。
「化野(あだしの)と呼ばれる地下エリアが、我々の掘削機械やロボットの侵入を防いでおります」
 水野は汗を吹きつついった。先程のロセンデールの言葉が心に残っているのである。疑いが少しずつ水野の心にひろがっていく。
「と、いうことは、それより先は、あきらかに心柱、そして古代都市というわけですねえ」「そういう可能性がかなり高かろうと思われます」
「我々が、日本じゅうから、多くの霊能師を持ってきても、その化野エリアを突破できまないのです」
 斎藤が間から割って入った。ロセンデールはその男の方向を向く。小ばかにした様子で「この方はいったい。水野さんの小姓ですか」「いえ、紹介するのが遅れました。大阪市長斎藤光三郎です」
「斎藤です。以後お見知りおきを」
 斎藤は怒りを隠しながら、頭をさげた。
「水野さんだから、私はお土産を持ってきたのです」
 ロセンデールは、水野とその閣僚連中に向かって胸を張った。
「あの大仏です」
「何ですと、あの空母の上の大仏」
「が、あの大仏は、空母の上に置かれております。それを化野までどうやって」
「心配ご無用です」
「まさか、運搬機械が必要とか、おっしゃるわけではありますまいな」水野は想像たくましく尋ねた。
「あの大仏、実は戦闘用ロボットなのです」 ロセンデールは嬉しそうに言った。
「何ですと」
「我々が、タイランドの軍隊と戦ったおりの戦利品なのです。賠償金がわりに受け取った訳です」
 聖騎士団長シュトルフが誇らしげに語った。「あのロボットならば、あの化野の霊を打ち破れると」
「そう考えています」
 ロセンデールが、胸をはって言った。
    (2)
 漆黒の闇の中、小さな明かりが灯された。何やら呪文が繰り返されている。
 ここは、京都、中央区にある広大な屋敷の中である。 度の強いメガネをかけ、白髪まじりの蓬髪の五〇才くらいの男は、なにやら独り言をつぶやいていた。ロポット工学博士足毛布(あしもふ)である。
 足毛布博士は、秘密の地下室で祈りを捧げているのだった。この儀式のことは、誰も知らなかった。それを知れば、足毛布博士を、西日本都市連合も放っておかない。異教の徒として逮捕されるだろう。
 足毛布博士は、日本古来の着物を脱ぎ捨て、彼が信じている宗教の大義のため、古代の服装に着替えていた。
 何かの祭壇がある。むろん日本古来の神棚ではない。
『古来より、日本へ飛来しました我々足毛布一族、ついにその目的の貫徹はちこうございます。願わくば、私の世代にその願いを叶えられんことを』
 熱心に祈る足毛布博士であった。顔から興奮からか、汗が、首筋に流れおちてゆく。
 足毛布博士の邸宅は、京都市内に広大な土地を占めていた。この本宅以外にロボット製作所、アシモフ・ロボット・コーポレーションが近畿エリアに四十ヵ所ある。
 足毛布人造人間製作所といえば、泣く子も黙る西日本の大企業である。が、最近、足毛布博士は政府の要職も、会社の経営も他人に譲り渡していた。
    ◆
「博士、足毛布博士はご在宅か」
 八足移動ビーグル、クラルテに乗った武士が、玄関先で呼ばわっていた。足毛布博士の屋敷では、博士が人嫌いのゆえ、使用人は雇っていない。そのかわり、屋敷全体が全自動ロボットシステムで構築されていた。
「これは、これはどちらさまでしょう」
 門柱に設置せれているロボットボイスが答えていた。
「水野都市連合議長の使いの者じゃ。足毛布博士、至急にご登庁をお願いしたい。火急のこととあり。以上を足毛布博士にお伝えいただけるか」
 武士はクラルテ上からこう叫んだ。
「わかりました。至急お知らせ致しましょう」 足毛布博士の邸内の情報モジュールは、都市連合からの連絡情報を一切入力させない設計になっている。
 いわば、情報世界の孤島なのである。それゆえ、わざわざクラルテに乗った使者が現れるわけである。
 博士は書斎兼図書室にいた。
 本棚が数十メートルにも並び、その高さも三階の吹き抜けなのである。古書籍がずらっと並んでいた。
 博士は一冊の本を取り出す。タイトルは『西洋の没落』となっている。
 博士は誰かにしゃべっていたようだ。
「貴公はシュペングラーの『西洋の没落』という本の名を聞いたことがあるかね」
「いや、そのような本、耳にしたこともありませんなあ」影の男が言う。
「ふふん、まあ、ロセンデールなら知っていよう。あれは第一次大戦の前だったか、このページに書いているのだが」
 博士はその書物のページをめくる。
「ここじゃ。よいかこう書いてある『文明が没落する兆候はテクノロジズムとオカルティスムの流行にみゆる』」
「ふふぉ、我々のことですか。予言しておったのですか、そのシュペングラーとか申す霊能師は…」
 その男は、どうやら若い男のようだった。
   (3)
 大阪湾から遠望するに太陽の光にギラギラ照り返る建物がそびえ立っている。
 すでにロセンデールが、日本に到着して六カ月がたっていた。
 建物は機械城である。ロセンデールによって、極めて短時間に作られていた城である。 この時期、古来からあった城は霊戦争のおりなくなっていた。それゆえ大阪城の場所にその機械城は建てられていた。この城の建設にあたっては、大阪シティの使役ロボットが使われていた。機械城の機械中枢部分の素材は「ライオン」に乗せられていた。
 外見上は日本の城に見える。城壁、天守閣、櫓などを見ても変わっているようには見えない。が、すべて機械でできているのだ。城壁の石垣の一つ一つも、窓枠の一つ一つも、すべて機械なのだ。
 それもロセンデールの命令どおりに作動する一つの機械生命体であった。城壁の四隅に櫓があり、中央部に大天守閣、小天守閣がある。この大天守閣のみ、少しばかり形が変わっていて、西欧の寺院風にも見えた。
 大天守閣の一階から五階まで、吹き抜け部分が作られていた。一方、小天守閣には、心柱を探るための研究機材が集中していた。ロセンデールの指令所である。
 天守閣は、ロセンデールの居城であり、そして何か別の目的で建てられているのであった。
     ◆
「斎藤殿、水野殿、ご覧ください。もうここまで進んでおります」
 ロセンデールは、機械城の中央、小天守閣にあるコントロールルームの巨大なモニターを二人に示した。
 このモニターの画面には、心柱があると思われる位置がコンピュータグラフイックスで描かれ、その心柱に向かって進む地下坑道が数多く表示されている。この地下坑道のすべてで、各々数百体のロボットが作業を行っていた。
「西日本がロボット奴隷制でようございました。東日本ならロボットを強制労働させるわけにはいきませんからね」
 ロセンデールがいった。
「さようでござる。ロセンデール卿も運のいいことじゃ」
 水野がほくそ笑む。
「しかし、やはり足毛布博士がいなければ、こうもいきませんでした」
 ロセンデールが注意を促す。
「さようで。で、足毛布博士は」
「ああ、彼は人に会いたくないとおっしゃって坑道A−五〇に入っておられます」
 斎藤は答えた。
「博士の人嫌いにも困ったものじゃのう」
「いやいや、それだからこそ、このようなロボット強制労働ができるというものです」
 ロセンデールが再び水野の言葉に揶揄を入れる。
「ほほ、博士の性癖に感謝せぬといかん訳ですな」
「そのようですな、はっはは」
「が、ロセンデール卿。みはしらが発見されたあかつきのこと、よろしくお願い申しあげますぞ」
 水野は頭を下げる。
「日本統一のことですね」
 ロセンデールはいとも簡単そうに言った。「しっし、ロセンデール卿。声が大きすぎます」
「何しろ、これは我々だけの秘密でございます」
 斎藤は続けた。
「まさに、まさに。それにしても、落合レイモン殿があように易々と我々に協力していただける意向をお持ちとは思いもしませんでした」
 ロセンデールは、一瞬不思議そうな顔をした。
「レイモン殿も何か考えるところがあるのでござろう」
「斎藤、それゆえ、レイモン殿の監視、努々怠るではないぞ」
 水野は、隣に控えていた斎藤を強く戒めた。「さように取り計らいます」
 冷や汗を流しながら斎藤は、頷く。
「水野殿、斎藤殿。珍しいものをお目にかけましょうか」
 ロセンデールが話の流れを変えた。
「ロセンデール卿、それは一体どのような」「ご両公とも眼を回されるに相違ない」
 ロセンデールは冷たい笑みを浮かべる。
「ほほう、卿がそう言われるくらいなら」
 水野は大きく眼を開く。
「期待いたそう」
 斎藤も唱和する。
「どうぞ、こちらへ。さっ」ロセンデールが二人を促した。
 巨大な空間が機械・城大天守閣の中にある。高さ三十メートル、広さは縦横とも百二十メートルはあるだろう。その真ん中に真紅のカーテンで仕切られている。
「いったい、これは何事でございますか」
「お見せしよう。カーテンを開けよ」ロセンデールが命令した。
「こ、これは」
 二人は絶句した。黄金の大仏であった。空母上の大仏が、いつの間にかこの天守閣に運ばれていたのだ。
「どのようにしてここへ」
 水野と斎藤は叫んでいた。
「それはね、……企業秘密です」
 ロセンデールはにこりとした。二人は期待していただけに肩すかしをくわされた
    ◆
 聖騎士団長シュトルフが、コントロールルームへ駆け込んできた。
「どういうことですか、殿下。機械城の警備を日本側のロボ忍に任せろとは」
 今にも切り掛からんばらりの勢いであった。「シュトルフくん。怒るな。これも殿下の深慮遠謀なのじゃ」
 鷲顔の秘書官クルトフが戒めた。
「この頭の悪い私にもわかるように、どういう理由かお教え願いたい」キッと苦い顔付きをクルトフに向け、尚も不満なシュトルフが尋ねる。
「よろしいですかシュトルフ君、日本側は我々の動きを完全に信じてはいません。この機械城に仕掛けがあると考えておる節があるのです。その疑いを少しでも取っておきたいのですよ」
 ロセンデールは美しい眉を少しばかり上げ、シュトルフに言い聞かせるように言う。
「それでは殿下は、機械城すべての警備を、日本のロボ忍に任せろとおっしゃるのですか」 汗をだらだらと流しながらシュトルフは食い下がる。
 ロセンデールは冷ややかに言い放つ。
「シュトルフ君、そのとおりです。彼らに任せなさい」
「任せろとおっしゃられても」
 シュトルフは言い淀む。
「よいですか、シュトルフ君、それでは君に秘密を教えてあげましょう。実は機械城全体が大きな罠なのです」
 ロセンデールは諦め顔になった。
「その罠に落としますのは、一体?」
 シュトルフは怪訝な顔をした。
 ロセンデールは破顔一笑する。が残酷な表情に変わり「わかりませんか、シュトルフくん。我らの目的の邪魔になるもの、すべてのものですよ。日本の政府関係者、氾濫ロボットどもとかね」
「さすがは陛下だ」クルトフがほめあげる。「あたりまえです。私は世界に並び無きロセンデールですぞ」
 ロセンデールの青眼は残酷にきらりと光った。
 その間、シュトルフは、ロセンデールから目をそらし、クルトフを睨みつけた。
『くそっ、クルトフのおべっかつかいめ。しかし、今にみろ。化けの皮をはがしてやる。クルトフめ、ロセンデール卿に手をだしてみろ、このシュトルフが……』
 シュトルフはクルトフに疑いを抱いていた。あの忠義面の裏には何かがある。
     ◆
 霊戦争は地球の浄化作用であった。当時、地球の文明全体が機械化文明に犯されつつあった。
 戦争前、情報公社「リンクス」や機械化会社「ロボテック」などのコングロマリットが、地球の全体のほぼ利益及び生産資材を握りつつあった。世界初の企業による世界帝国である。
 霊戦争が始まりを、今となってははっきり記述することは不可能だろう。結果的には地球の文明は少し後退したように見えるが、地球全体の生命体から見ればそうもいえない。緑が地球の全てを覆いつつあり、河川、海の汚染度も下がりつつあった。
 地球上空何千キロの部分には監視衛星「ボルテックス」が数個設置されていた。これらの衛星はいわば、神の剣であった。地球より脱出しようとする飛行物体は、攻撃される。地球人類は高々度を飛行する機械を作ることは不可能になっていた。
 すでにこの時期、人類は地球外宇宙に影響を及ぼしつつあった。外惑星は、この地球の状態を理解できないでいた。ボルテックスはこの地球全体に結界を引いていたのである。しかしながら、機械化文明は退歩した訳ではなかった。地球にはロボットや機械がうじゃうじゃ存在し、減少する傾向は出ていなかったのである。

    (4)
 地下坑道がはりめぐらされていた。つまり、新近畿平野の地下には、巨大なトンネルがうがかれていた。ともかく天井が異常に高いのだ。蟻の巣のようにトンネルが張り巡らされている。その中で蟻が働いていた。
 鑿岩ロボットたちは、手を休めていた。皆へとへとに疲れている。これから先は人間、特に霊能師の役割なのだ。彼らは霊能師たちを見守っていた。固唾を呑んで見守っていた。 広場では多くの人間が円陣を組み、何かを唱えていた。すべての人間が汗をかいていた。その何かの独唱がウワーンという唸りとなっていた。
 その円陣の向こうの壁が光り出している。地下坑道に響いている。
「おおっ、あれは」
 何人かが、驚きの声をあげた。闇の中にある壁が光り、姿がはっきりと見えてきたのである。それは、人々に鳥肌をたたせるに充分であった。
 壁という壁は、石仏、仏像、寺社の建物でひしめいていた。そこから先数キロは異様な空間を作り出している。
「ここは…」
 人々の声はそこで途切れた。ドンドン。
 地響きがちかずいてきた。音が大きく空洞にこだます。
 うしろから、巨大な光る物体が、ゆったりとあるいてきた。
 大仏である。
 ゆるゆると、歩いてくる。ロボットたちの前をすぎ、人間の円陣の横をすぎる。
「おー」
 期待とも、不安とも取れる声が、人とロボットの口から出ていた。
 が、その先が問題なのだ。
 バリバリと音がしていた。大仏のまわりが、光りに包まれている。
 大仏は、前方に進もうとするのだが、ある一定のラインを越すことができない。目の前に、見えない透明な壁があるようにも見える。 大仏がブルブルと震えていた。
 同時に壁にひっついている仏像も石仏もゆらゆらと震えているのだった。まるでその壁が揺らぎ、大仏の進行を妨げているようにも見えた。その奥にある、とても大切な何かにちかずけさせないために。
 突然、鉱道の天井が地響きを起こす。
「むーっ、いかん」
 ロボットたち、霊能士の願いも空しく、土砂が人々の上にふりそそいでいた。
    ◆
「陛下、悲しい知らせです」
 クルトフが、天守閣にあるロセンデールの部屋を訪れていた。
 眺望の利く最上階で、日本を見渡していた。ロセンデールはクルトフの声を聞き、椅子をゆっくりと回した。
「クルトフ君、まさかあれが失敗したということではないでしょうね」
 ロセンデールの声は優しげではあったが、老練なクルトフをしても驚愕させる凄みがあった。ロセンデールの眼には炎が見えている。「それが…」
 クルトフはこの悪い知らせを喋ることを躊躇した。
「何ですか、クルトフ君。あなたらしくもない。私の前では、はっきり喋るのです。それが君の役目だ。そうでしょう」
 クルトフは気を取り直した。
「陛下、大仏は、この闇の道の奥へ突入することができませんでした」
「……」
 しばらくの沈黙があった。クルトフはロセンデールの表情が岩のようになっているのに気付く。
「いかがなされました、陛下」
 ようやく気を取り直したらしいロセンデールは、
「わかりました。いいですか、クルトフ君。本日の私のスケジュールは、すべてキャンセルしてください」
「が、陛下。斎藤と水野が、どうやらこちらへ向かっているようですが」
「本日は誰にも会いたくないのです」
 ロセンデールは呆然とするクルトフをその部屋へ残し、自室へ入っていった。
クルトフはもう一つの顔を見せていた。ロセンデールの失敗をほくそ笑んでいた。加えて神聖ゲルマン帝国の誰かに連絡をとっているのだ。ロセンデールの素晴らしい活躍を妬む神聖ゲルマン帝国の諸公内の誰かに裏切りを迫られたのだ。
(続く)
■ロボサムライ駆ける■
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田博一
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