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山田企画事務所のペンネーム飛鳥京香の小説ブログです。

■義経黄金伝説■第45回(55回完結予定) 

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義経黄金伝説■第45回(55回完結予定) 
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第7章 西行法師(佐藤義清)の思い出 一一三八年(長暦2年)から


■■2 一一七五年(安元元年) 京都・鞍馬。
十五年後。今年57歳になった法師が、山道を登っている。 
京都・鞍馬山・僧正ヶ谷である。
木の根が血管のように山肌に現れている。
 激しく武者修行をする牛若の前に、法師が一人現れていた。かぶりもので牛
若には顔が見えない。
「牛若殿、元気であらせられるか」
「はっ、あなた様は」
「名乗るほどの者ではない。いずれ私の正体わかりもうそう。いわば、牛若殿
の未来にかけておるものだ。いかがかな、牛若殿、武術の方は上達いたしまし
たか」
 その問に不審な顔で牛若は答えた。
「はっ、鬼一法眼様の指導よろしきを得て、ますます励んでおります」
「そうよのう、ここ鞍馬山の坂道で鍛えられれば、体力もつきもうそう。が、
牛若殿、くれぐれも自重されよ。牛若殿の身は、御身一人だけのものではない
のじゃ。お気をつけられよ」
 そう言い残し、法師は去って行った。練習に励む牛若の前に、牛若の師匠、
鬼一法眼が現れる。
「お師匠、見たこともない法師が、私を激励されましたが…」不思議そうな表
情で述べた。 鬼一はかすかにほほ笑んで
「ふふう、牛若、あちこちにお前の守護神がおるようじゃのう」
「あの方は、私の守護神ですか」
「どうやら、そのようだのう」
 牛若は、首をひねる。その姿を見て、鬼一法眼は笑っていた。

 牛若は京都までかけ降りては、自分の武術を試し、鞍馬にかけ戻っている。
「牛若殿、またそのような乱暴狼藉を働かれて…」
非難するような様子で、その若い僧は言う。その源空という名の僧は、比叡山
の僧坊に属しているのだが、ある時牛若と出会い、友達となったのだった。ゆ
っくりとお互いの身の上を話し合った。源空は、じっとりと顔が濡れるほど
に、牛若の身の上を案じてくれた。
「何と、お可哀想な身の上をなのだ…」
 その若者らしい激情に、牛若もまた自身の身の上話に、涙を流すのである。
「牛若殿、仏に身を任せるのじゃ。そうすれば、おのが身、仏によって救われ
るであろう」常に、そう言うのだった。が、牛若は仏を信じぬ。自分の体は、
戦の化身だと信じている。なぜならば、父は源氏の長者だったのだ。武者の血
が流れているのだ。それがこのような京都の辺境に置かれようとも、いつかは
この世に出たい。源氏の若武者として、名を馳せたい。そういう願いが、牛若
の心を一杯にしている。

 若い血は、あの急勾配の鞍馬山を、毎日行き来することによってにじり立
ち、若い体は強力な膂力を手に入れつつあった。そして、その若い力を、世の
中へ出て試したいと、希っていた。源空は、やさしく牛若に語る。

「およしなされ、牛若殿。おのが身は平相国、平清盛殿から助けられた命ぞ。
そのような恐ろしいことは、お止めなされ」
と非難し止めるのであった。

■■5一一七八年(治承二年) 京都・鞍馬

それから3年後、京都・鞍馬堂宇で鬼一法眼が、西行を待っていた。
「おお、ここじゃ、西行殿」
「おお鬼一法眼殿、息災であられるか」
西行殿も、歌名ますます上がられる。うれしい限りじゃ。それにあの遮那
王、教えがいがある。よい弟子を送り込んでくれたものじゃ」
「牛若、いや遮那王はそれほどまでに」
「そうじゃ、仏法など、とんと興味がないわ。俺が教える武法のみ。さすがは
源氏の頭領、源義朝殿が和子じゃ」
「いや、やはり清盛殿の願いどおりにはならぬか」
「それでは、やはり、奥州藤原秀衡殿の手にお渡しするか」
「そうじゃのう。がその前に、武術の腕どれくらいのできあがりかを確かめて
みるかのう」
「よい考えじゃ。さすがは武名高い北面の武士であられた西行殿じゃ。して、
相手は」
「近ごろ京で評判の、あの法師はどうじゃ」
西行は手を打って、「弁慶か、よかろう」

五条を中心とした平の清盛六波羅政権は、170の大きな屋策をほこり、5200余の
家々をしたがえている。6条河原と京の葬送地鳥辺野の間を埋め尽くしている。
この北域には、山門武装の資源つまり弓矢を生産する弓矢町を抱合している。
弓矢町はつまり武器工廠である。また、300名からなる赤鬘(かむろ)なるス
パイキッズ養育所も含んでいる。

この年、京都には「太郎焼亡」なる大火事がおこっていて、西の京
はまだ焼け跡が広がっている。京の人間は乱世の始まりを感じ始めていた。そ
の京都・五条にある松原橋たもとに のっそりと、その大男の僧兵は立ち塞が
っている。大男にしては、筋肉質で敏捷な動きをしている。
「お主が牛若殿か」
 月の光が鴨川の川面に映えている。牛若が押し入ろうとしていた平家の公達
の家屋敷あたりからは、光とさざめきが漏れている。が、庶民が住んでいる辺
りは、もうすでに闇の中に沈んでいる。東山の辺りも、夜空に飲み込まれてい
て、遠く比叡の山からのわずかな光が、星のひとつのように霞んでいた。
「私が牛若とすれば、どうする」
 ゆっくりと、牛若は答える。
「そうなれば…」
 急に大きな弁慶が、牛若の顔を隠していた布を捲る。
「ふふっ、なかなかよい顔をしている。稚児にするにちょうどよい…」
 少しばかり、沈黙が二人の間に流れ、視線が素早く交わった。
「が、しかし、命をもらわねばならぬ」

 言うが早いか、弁慶は、背中から引き抜いた薙刀を一閃していた。普通の人
間ならば、真っ二つである。が、弁慶の薙刀には、手ごたえがない。目の前に
あるはずの、血まみれの体も残ってはいない。
「はて、面妖な」
「ふふっ、ここじゃ、ここじゃ」
 弁慶の後ろから声が聞こえて来る。すばやく、背後を見返すと、橋げたのう
えにふわりと牛若が乗っている。まるで、重さがない鳥のように、それは乗っ
ているのだ。
「貴様は、飛ぶ鳥か」
「ふふう、そうかも知れぬぞ」
不敵な笑みが、牛若の顔から漏れている。
鞍馬山の鳥かもな」
 その声音は、完全に人を食っている。牛若は、自分の力を他人に見せるの
が、うれしく、楽しいのだ。

「お前は、平氏のまわし者か」毅然と、牛若が言う。
「何を言う。平氏など、物の数ではない」
そう答えるが早いか、弁慶は橋を蹴って、欄干のうえに薙刀を数振りする。そ
の刀の動きは、常人の目には捕らえられぬ。とはいえ、明かりなどない夜中で
ある。誰もそれには気付かぬ。ただ、
野犬が、恐るべき力の争いに驚き、鳴き声をあげている。
「どうした、弁慶。この私を捕まえることができぬか」
にやりと笑う牛若の顔に、弁慶は、憎しみを倍加させる。

 西行と鬼一法眼は橋の影からのぞいている。
「どうじゃ、遮那王様の動き」
「よかろう。あのように成長しておられるならば、秀衡殿の手元にお送りして
も、十分役にたつじゃゃろう」。
「秀衡殿もお喜びであろう」二人笑い会う。
西行殿、後はお任せいたす」

「何をこしゃくな」が、弁慶の額には、うっすらと汗が浮かんでいた。
「弁慶、止めるのじゃ」
突然異形の老人が、弁慶の前に姿を現し、争いを止めようとした。強い、弁慶
はこの男を見て毛穴がひゅつと閉じるの感じた。
「なぜじゃ、鬼一殿。この若造を殺せというたは、お主ではないのか」
弁慶はこの老人にくってかかる。
「もうよいのじゃ。お主もこの若者の力がわかったであろう」
「そうであればこそ、なおさら許せぬ。俺の力を見せねば、気が済まぬ」
「そうじゃ、鬼一。止めてくださるな。この大男に負けたと言わせるまでは、
私も気が済まぬ」欄干の上にいる牛若が、答える。
「こやつ、いわしておけば」
 今度は、背中より大槌を引き抜いて、弁慶は打ってかかる。ズーンと大きな
音が響き、バラバラと橋げたが川中に崩れ落ちる。
「おお、何をする。橋を壊すつもりか」
「橋が壊れるが早いか、お主が死ぬのが早いか」
 騒ぎを聞き付けた検非違使たちが六波羅の方から駆けつけてくる。
「いかぬ」弁慶はそれにきを取られる。
「ぐぅ」
思わず弁慶が叫び、気を失う。牛若の高下駄が蹴りを弁慶の天頂に加えてい
た。
「やれやれ」
鬼一は橋のしたに用意してあった小舟に弁慶の体を隠し、鴨川を下った。
「牛若殿、もう少しお手柔らかにのう」
「戦いの舞台を移そう」
「こわっぱ、どこに逃げる。怖じけづいたか」
息を吹き返し、苦しい息の下から弁慶が叫ぶ。
「何を言う。お主がそう暴れるから、そら平家の郎党が現れたではないか」
平家の屋敷に点々と灯が灯り、その灯が五条の橋を目がけてくる。かなりの人
数のようだ。牛若が跳躍する。
「おのれ、何処へ」
弁慶は上を眺め、叫んだ。
「頭の悪い坊主。この京都で晴れ舞台と言えばわかろうが…」
声は天から響いた。
「くっ、あそこか。わ、わかったぞ。約束を違えるなよ。半刻後じゃ、よい
な」
遠方で見ていた、西行と鬼一法眼はお互いに顔を見合わせていた。
「いかん、あやつら、まさか…」
「そうじゃ、あの寺じゃ」

二人は疾風となり、東山を目指している。
四人が目指すは、坂上田村麻呂公の寺、清水寺である。牛若は、弁慶の前で、
清水寺の舞台で、ひらりひらりと舞っている。
「ふっ、弁慶、どうじゃ。おまえもこの欄干の上で、京都の町を見てゆかぬ
か。よう見えるぞ。特に平家屋敷がな。おっと、お主の体では、ちと無理か
のう」
「くそっ、口のへらぬこわっぱじゃ。そのようなこと、俺にもできるわ」
「弁慶、止めておけ。お主の重さ、この清水寺の舞台を沈ませるぞ」

「牛若殿、もう止めておきなされ。このお方もお疲れじゃ。お主の武勇、充分
私も見せてもろうた」
いつも間にか源空も現れている。
「争い事は、武士たちにお任せなされ」

源空の頭の中には、子供のころの自らの家の惨劇が埋まっている。
 源空、後の世にいう法然は、この後、京都市中で僧坊を営み、後白河法皇
九条兼実らの知遇を得ることになる。
 後に鎌倉仏教と呼ばれることになる、新しい日本仏教は、この源平争乱とい
う武者革命と時を同じくしつつ起こった「宗教改革」だったのである。
(続く)
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