yamada-kikaku’s blog(小説ブログ)

山田企画事務所のペンネーム飛鳥京香の小説ブログです。

義経

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義経黄金伝説■第3回 
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(C)飛鳥京香・山田博一
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第1章 一一八六年 鎌倉八幡宮 3
 文治二年(1186)四月八日(承前

3
 鎌倉八幡宮観客席の中央にいる源頼朝は、怒鳴っているのだ。
「あの白拍子めが。この期に及んで、ましてや鎌倉が舞
台で、この頼朝が面前で義経への恋歌を歌うとは、どういう心根じゃ。この頼
朝を嘲笑しているとしか思われぬ」
 頼朝は毒づいた。それは一つには、政子に対するある
種の照れを含んでいる。
「よいではございませぬか。あの静の腹のありようお気
付きにありませぬか」
 政子はとりなそうとした。政子のほほに薄笑いが浮か
んでいることに、頼朝は気付かぬ。
「なに、まさか、、義経が子を…」
「さようでございます。あの舞いは恋歌ではなく、大殿
さまに、我が子を守ってほしいというなぞかけでございます」
「政子、おまえはなぜそれを……」
 疑惑が、頼朝の心の中にじっくりと広がって行く。
今、このおりに頼朝殿に、自分の腹の内を探らせめる訳
にはいかぬ。あのたくらみが、私の命綱なのだから。
政子は俯きながら黙っている。
「……」
「まあよい。広元をここへ」
 頼朝の部下、門注所別当大江広元が頼朝のもとにや
ってくる。
「よいか、広元。静をお前の観察下に置け。和子が生ま
れ、もし男の子なら殺めるのじゃ」
「では、大殿。もし、女の子ならば、生かして置いてよろしゅう
ございますな」
「……それは、お前に任せる」
 広元はちらりと政子の方を見ていた。
 頼朝は、広元と政子の、静をかばう態度に不審なもの
を感じている

 政子は静を一眼見たときから、気に入っていた。美貌
からではなく、義経
いう愛人のために頑として情報を、源氏に渡さなかった
。その見事さは、一
層、政子を静のファンとした。
また、京の政争の中に送り込まれるべく、その許婚を殺
されたばかりの、政子
と頼朝の子供大姫をも味方に取り込んでいた。

義経の行方を探索する人間は、何とか手掛かりを取ろう
と静の尋問を続けた。
が、それは徒労に終わった。尋問した者共も、顔には出
さなかったが、この若
白拍子、静の勇気を心の中では褒めたたえていた。

 観客席の中で、静の動静を悩む者が、もう一人。
静の母親磯禅師(いそのぜんし)が、固唾を呑んでその
舞いを見ていた。
(裏切られた)そういう思いが心に広がっている。愛娘
と思っていたが、
「あの静は、この母が苦労を無にするつもりか……」
(やはり、血の繋がりが深いものは…)
この動乱の時期に女として生き残って来た者の思いが、
頭の内を目まぐるしく
動かしている。その思いは、しばらくの前の記憶に繋が
る。
禅師は、政子の方を見やった。

   4
「どうか、政子様。我が子静の腹を痛めし子供。生かし
てくださいませ」
 この舞いの数日前、鎌倉・頼朝屋敷で、許しを得て、
床に吸い付くほどに、
禅師は頭を下げている。
「それはなりませぬ。禅師殿。私が頼朝の妻たることを
頼んでこられたと思い
ますが、私も頼朝殿と同じ考えにございます。思い起こ
せば平清盛殿の甘さ、
頼朝殿や義経殿を生かしておいたが故の平家の滅亡。こ
の源氏も同じ轍を踏み
たくはありません」
 冷たく、政子は言い放った。
 禅師は、もはやあの計画しかあるまいと思い詰めた。
頭を上げる。その目に
は、政子のふくふくしい顔がある。が、その目は冷徹な
政治家の目であった。
 (さてはて、どのような反応をするものか)禅師は心
の中でほくそ笑んだ。
「が、政子殿。政子殿も頼朝殿も、現在祈願されしこと
ございましょう」
「われらが祈願すると………」
 思った通り、政子の顔色が変わる。
それを見て禅師は続けた。ずるがしいこい表情をちらり
と見せる。
「大姫様を天皇後宮にお遣わしになること、本当でご
ざいましょうか」
 小さく呟く。禅師の言葉に、政子は驚ろいている。
「どうして、それをあなたが」
 大姫のことになると、政子も甘いのである。
政治家ではなく、母親の顔になっている。
「そのこと、すでに都では噂でございます。思い起こせ
ば、平清盛様も同じよ
うに娘を皇家に捧げられた。平家の繁栄の礎はその婚姻
から始まっているこ
と、京都の童でも知っております。遠くは藤原氏天皇
外戚となり、権力を
握ったこと、知らぬものはござりますまい。それゆえに
頼朝殿も大姫様を宮中
にあげしことを願うは、これは親の常」

 禅師は政子の表情が、少しばかり落ち着いて来るのに
気付く。政子は、ここ
は一つ、この女の話を聞いてみてもよい。悪い話ならば
断り、最悪の場合この
女を亡き者にすればそれで済む。
「して禅師殿、大姫の話と、義経殿の和子を助けるのと
、いかような拘わりがあると申すのか」
「私、少しばかり、京、宮中には詳しゅうございます。
いかにすれば、大姫様のこと、速やかにはこぶか。その者共紹介できぬ訳では
ございません。すこしばかりお耳を……お貸し下さいませ」
この勝負勝ったと禅師は思う。
 禅師の話を聞くうちに、政子の冷たい表情が少しばか
り打ち解けて来たことが、禅師にもよくわかった。
「おお、そのような方をご存じか。さすがは禅師殿じゃ」
 京の暗黒界で、平清盛の頃から活躍してきた禅師である
。田舎育ちの政子とは、キャリアが違うのである。

5.一一八六年 黒田荘・東大寺荘園

奈良にある黒田荘(ショウ)(現三重県)は東大寺に属
している荘園である。先月の東大寺があげての伊勢神宮参詣もこの地で、重源を始め多数の僧
が宿をとっている。いわば東大寺の情報中継基地である。
 あばら家の中、どぶろくを飲んで横たわっている二人
がいる。太郎佐。そこに弟の次郎佐が訪れる。
「兄者、兄者はおられぬか」
「おお、ここじゃ、次郎左」
「何じゃ、なぜそんな不景気な顔をいたしておるのじゃ」
「これがよい顔をしておられるか。お主、何用じゃ俺に金の無心なら、無用じ
ゃ」
「兄者、よい話じゃ。詳しい話は、ここにおる鳥海から聞け」
 蓬髮で不精髭を生やした僧衣の男が汚らしい格好で入ってくる。着物など頓着して
いない様子なのだ。顔は赤銅色に焼けてはいるが、目の表情は、死んでいる。鳥海は興
福寺の僧兵として、かなりの腕を振るったものである。園城寺比叡山との僧兵たち
との争いでも、引けを取らなかった。が、東大寺炎上の折りから、腑抜けのようにな
っていた。一人生き延び、この太郎左、次郎左のところに転がり込んでいいのである。
 鳥海は、話を始めた。
「太郎佐殿は、先年、東大寺が焼き払われたこと、ご存じでござろう」
「おお、無論、聞いておる」
東大寺の重源が、奥州藤原氏への勧進を依頼した。さてさて、使者は西行法師じゃ」
「たしか先月、重源と、、そうか、あのおいぼれか。確か数え七十ではないか」
「供づれはおらぬ。いかに西行とて、この黒田悪党のことは知るまい」
「ましてや、みちのくが行き先。旅先にて、七十の坊主が死んだとて
、不思議はあるまい」
「お前、そうか、東大寺勧進の沙金を…ねらうか」
太郎佐は言う。
「そうよ、東大寺勧進の沙金を奪えというのじゃ。この話しはのう、京都のやんご
となき方から
聞いた。ほれこのとおり支度金も届いておる」
「さらば、早速でかけなばなるないな」
「まて、まわりがおかしい」
太郎左が、皆を圧し止めた。動物のような感がこの男には
働く。
「ようすを見てみろ」
次郎左が命令を聞き、破れ戸の隙間からまわりをみやる
。鳥海も他の方向を覗き見ている。
「くそっ、お主ら、付けられたのか。馬鹿者め」
 まわりは、検非違使(けびいし)の侍や、刑部付きの
放免(当時の目明かし)らが、十重二十重に取り囲んでいる。検非違使の頭らしい若侍
が、あばら家に向かって叫んでいた。
「よいか、我々は京都から派遣された検非違使じゃ。風盗共、そこにいるの
はわかっておる。おとなしく、縛につけ。さもなくば討ち入る」
「くくっ、何を抜かしおる」太郎左、次郎左は、お互いをみやって笑った。戦
いの興奮の血が体を回り始めているのだ。
「来るなら来て見ろ。戦も知らぬ京都侍め」大声で怒鳴った。
「何、よし皆、かかれ」若侍が刀を抜き言った。
「ふふっ、きよるわ。きよるわ」
「よいか、次郎左。ここは奥州の旅の置き土産。一つ派手にやろうぞ」
「わかったわ」
 太郎左と次郎左は、後手に隠してあった馬に乗り、並んで頭の方へ駆けてい
く。侍は、急な突進にのぞける。
「ぐわっ」
 太郎左の右手、次郎左の左手に、握られていた太刀が交差した。
 瞬間、検非違使の頭が血飛沫を上げ、青空に飛びあがっている。後は蜘蛛の
子を散らすように逃げ出す。
「ふふっ、少しばかり、馬をいただいておこうか」
 三人は逃げ去る侍の方へ目がけて駆けていく。
 
 近畿地方の馬と、阪東や泉王国の馬とは、種類が違っ
ていた。脚力、身長とも、平泉の馬が勝っている。近畿の馬が、軽四輪ならば、平
泉や関東の馬は、四輪駆動である。
 太郎左たちは、関東に入りつつ、盗みを立ち働いていた。まず、第一の目的
はよい馬を得ることである。
 関東平野の何処か・屋敷武者の家が焼けている。中に
は多くの死人。そこから阪東の馬に乗り飛び出してくる三人の姿がある。
「さすが阪東の馬よのう。乗り心地、走りごこちが違う」
 次郎佐は叫ぶ。
「それはよいが、次郎左、屋敷に火を放ったか」
 太郎佐が、その言葉を受ける。
「おお、それは心得ておる。この牧の屋敷は、もうすぐ丸焼けじゃ」
「行き掛けの駄賃とはよう言うわ。地下に埋めたあった金品もすべてこちらが
ものよ」
 鳥海が言う。鎌倉に向かう三人だった。
(続く)
(C)飛鳥京香・山田博一
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